プロローグ:突如巻き起こった「情報戦」の嵐
2025年7月20日の参院選投開票を直前に控えた7月15日、投資家で情報戦の専門家として知られる山本一郎氏が爆弾記事を投下しました。タイトルは「参政党を支えたのはロシア製ボットによる反政府プロパガンダ」。
この記事は瞬く間にネットを駆け巡り、参政党の急激な支持率上昇の背景に、ロシアによる大規模な情報工作があるのではないかという疑惑を提起しました。さらに驚くべきことに、青木一彦官房副長官という政府高官が「わが国も影響工作の対象になっている」と公式に認める異例の事態となったのです。
では、一体何が起きているのでしょうか?今回は、この複雑に絡み合った「疑惑」の核心に迫り、事実と推測を明確に分けながら、日本のSNS空間で展開されている可能性のある「認知戦」の実態を徹底的に考察していきます。
疑惑の発端 – スプートニクとさや氏のインタビュー
火種となった「うっかり出演」
事の発端は、参政党の東京選挙区候補・さや氏が、ロシアの政府系通信社「スプートニク」のインタビューに応じたことでした。7月14日にX(旧Twitter)で公開されたこのインタビューで、さや氏は「日本人ファースト」の重要性について語ったのです。
しかし、スプートニクといえば、プーチン政権の影響下にある「プロパガンダ・メディア」として国際的に認識されている存在。このメディアに参政党の候補者が出演したことで、「参政党はロシアの工作に利用されているのでは?」という疑念が一気に広がりました。
参政党の神谷宗幣代表は慌てて釈明に回り、「私も広報部も許可を出していません。現場と党の末端の職員が勝手にやってしまったので、その職員には厳しい処分を下しました」とXに投稿。さらに、「ロシアとも中国とも米国とも特にない。どこの国とも均衡外交だ」と強調し、火消しに追われることになりました。
なぜスプートニクは参政党に注目したのか?
ここで重要な疑問が浮かびます。なぜスプートニクは数ある政党の中から、わざわざ参政党の候補者にインタビューを申し込んだのでしょうか?
参政党は「日本人ファースト」を掲げ、外国人規制の強化を公約する。さや氏もインタビューで日本の伝統を守る重要性を強調した。スプートニクが同党を取り上げることで、外国人との共生を重視する層との世論の分断をあおったとの見方がある。
つまり、ロシア側の狙いは参政党の政策そのものを支援することではなく、日本社会の分断を促進することにあった可能性が高いのです。これは、後に詳述する「認知戦」の典型的な手法と合致します。
山本一郎氏の衝撃告発 – 60万ボットが動かす「怒りの連鎖」
緻密すぎる情報工作の全貌
山本一郎氏が明かした内容は、単なる憶測レベルをはるかに超えた、極めて具体的で組織的な工作活動の実態でした。
現在確認されているだけでTwitter(X)で約1,400以上、TikTokで約2,000以上、Instagram(Meta、Facebookリール)で約800以上のボットファーム(ロシア製ボット群を動かす指令を出すサーバー)を稼働させていると見られます。
そして、単に高評価・いいねをするだけのボットアカウントも含めて60万件ぐらいが日本用に運用されているのではないかと見られます。という驚愕の規模が明らかになりました。
「レイジベイティング」という心理操作の罠
特に注目すべきは、これらのボットが使用している手法です。山本氏は「レイジベイティング」とは、人々の怒りを意図的に引き出すコンテンツを作成・拡散する手法です。と説明しています。
具体的には、政府関係者の発言を悪意的に切り取り、「その話だけ切り取られたら、誰もが怒る」ように作成された偽情報や印象操作に触れた多くの日本人が、その当事者である政府や要人に対して強い怒りを抱き、さらに批判や罵声を連鎖させますますネット上でバズるという、まさに感情を武器にした情報戦が展開されているというのです。
400ずつのリポスト – 機械的すぎる拡散パターン
山本氏の分析で最も興味深いのは、ボットの行動パターンの解析です。
特にバズった偽情報の投稿の特徴は明白で、投稿後10分から15分の間というアルゴリズムが最も重視する「ゴールデンタイム」に、ロシア製ボットがローテーションを組んで正確に400ずつリポストし、メンションをつけるという組織的な行動を取っています。
この「400」という数字の規則性は、人間の自然な行動では説明がつかない、極めて機械的な特徴です。これにより、投稿はTwitter(X)で作られた偽情報のトレンドに乗っておすすめ欄に掲載されやすくなり、より多くの一般ユーザーの目に触れることになります。
Japan News Naviという「中継点」
山本氏はまた、ロシア政府情報部門と深い関係を持ち、スプートニクの日本での情報拡散を担う「Japan News Navi」などニュースサイトを装った偽情報発信源の存在も指摘しています。
この点について、東京大学の鳥海不二夫教授が行った詳細な分析結果は極めて示唆的です。
東京大学教授の冷静な検証 – データが語る「グレーな関係性」
鳥海教授による客観的分析
SNS工作の研究で知られる東京大学大学院工学系研究科の鳥海不二夫教授は、山本氏の指摘を受けて独自の分析を実施しました。その結果は、「疑惑を否定する材料はないが、断定もできない」という、科学者らしい慎重な結論でした。
Japan News Naviを含めた関連アカウント群のフォロワーの38.3%~87.5%が、sputnik_jpのポストを拡散したことがあることが分かりました。
これに対し、最も多い拡散率の週刊文春で15.4%でありそれ以外はほとんどが10%以下です。という他のメディアと比較すると、確かに異常に高い数値といえます。
参政党との不可解な親和性
さらに興味深いのは、Japan News Naviの関連アカウントのフォロワーは参政党のポストを拡散しがちであるということも分かりました。という分析結果です。
鳥海教授は慎重な言い回しで、「Japan News Navi関連アカウントのフォロワーはロシア系工作Botで参政党と関係が深い」という結論までは導くことはできないことにはご注意くださいと述べる一方で、ロシア製ボットがJapan News Naviとその関連アカウントを介して対日工作が展開しているという主張を否定する材料は特に見つからなかったと結論づけています。
山本一郎氏のアカウントの皮肉な事実
分析結果の中で最も興味深いのは、山本一郎氏が運用しているアカウントのフォロワーの38.9%がsputnik_jpのポストを拡散したことがあるくらいですので・・・(なお,参政党のポストは5.8%のフォロワーが拡散している)という発見です。
つまり、ロシア工作疑惑を告発した山本氏自身のフォロワーも、高い比率でスプートニクの投稿を拡散していたという皮肉な事実が明らかになったのです。これは、問題の複雑さと、簡単に白黒をつけることの危険性を示唆しています。
政府の異例な警告 – 官房副長官が認めた「日本も標的」
青木官房副長官の重大発言
参政党をめぐる疑惑が渦巻く中、政府高官から異例の発言が飛び出しました。青木一彦官房副長官は7月16日の記者会見で、SNSなどを通じた外国からの選挙介入について「日本も影響工作の対象になっている」と明言したのです。
さらに、平将明デジタル相も15日の記者会見でSNSの利用を巡り「社会を分断する効果と(主張が)先鋭化していく効果が両方みてとれる」と述べた。参院選での外国からの介入に関し「一部そういう報告もある」と、具体的な報告の存在まで示唆しました。
政府が把握している「証拠」の存在
注目すべきは、外務省の北村俊博外務報道官は16日の記者会見で、ネット空間の動向を人工知能(AI)を使って分析する取り組みを進めていると説明した。外国からの情報操作を把握するため、AIを活用し発信元を特定する。という、政府の対応状況です。
これは、政府が単なる憶測ではなく、具体的な証拠や分析結果に基づいて警告を発している可能性を示唆しています。
国際的な選挙介入の「前例」
政府関係者の警戒感の背景には、海外での明確な前例があります。24年だけでも事例は多い。米大統領選でロシアによる情報工作が疑われた。東欧ルーマニアの大統領選ではロシア寄りの無名候補が首位に立ち、選挙介入疑惑で憲法裁判所が選挙結果を無効とした。台湾総統選でも偽情報の拡散などへの中国の関与が摘された。
特にルーマニアの事例は衝撃的です。無名候補が急速に支持を伸ばし、選挙結果が無効とされるまでの展開は、今回の参政党の急激な支持率上昇と奇妙な類似点があるのも事実です。
第5章:「ヴォストーク合同会社」という新たな謎
4600万円の不透明な支出
疑惑は参政党の資金の流れにも及んでいます。週刊文春の調査により、参政党の2023年分の収支報告書によれば、1月に広告費として約3600万円、6月には情勢調査費として約190万円など、党から合計で約4600万円を支出していることが確認できる「ヴォストーク合同会社」という会社の存在が明らかになりました。
「ヴォストーク(Vostok)」とはロシア語で「東」を意味する言葉です。この会社について、代表者の夫は取材に対し、「ウチは広告代理店で、映像やロゴを作成しています。参政党のロゴも作りましたよ。情勢調査も確かにやりました」と説明しています。
頻繁な住所変更の謎
しかし、この会社には不可解な点が多々あります。「住所を(頻繁に)移しているじゃないですか。これは、ペーパー会社だからではなくて、アンチの方々が来るのが嫌だから。街宣とかも(アンチが)めっちゃ多かったじゃないですか」と代表者の夫は説明していますが、政治的な「アンチ」を理由とする住所変更の頻度としては異常とも思える状況です。
興味深いのは、代表者の夫の「ロシアのペーパーカンパニーだったら、あえて『ヴォストーク』って名前にしないで、むしろ『明石商業』とかにするでしょう」という反論です。確かに工作であれば、わざわざロシア語の社名は使わないかもしれません。しかし、これが逆に「偽装」の可能性もあり得るのが、この問題の複雑さです。
第6章:疑惑か、それとも政治的攻撃か? – 多角的検証
「証拠なき疑惑」の危険性
ここまでの情報を整理すると、確かに不可解な点は多数存在します。しかし重要なのは、ロシアが工作活動に利用するとされるX上の自動アカウント、いわゆるボットとロシアの工作部隊との関係を裏付ける明確なエビデンスは、日本ではまだ確認されていないという事実です。
さらに専門家は、もし、参政党の注目が高まっている背景に「ロシアがいる」という確たる証拠がないままでこの指摘が広がれば、逆にそれ自体が、自民党側による参政党を貶めるための影響工作ということにもなりかねないという重要な指摘をしています。
政府側の「思惑」も存在?
実際、劣勢が伝えられる選挙戦の挽回を図る石破政権側の思惑を指摘する向きもあるという分析もあります。参政党の躍進により議席を失う可能性のある与党にとって、「外国勢力の工作」というナラティブは確かに都合の良い説明になり得ます。
参政党の反論と矛盾
一方、参政党側の対応にも注目すべき点があります。神谷代表はロシアのウクライナ侵攻について、「良くないが、ロシアを追い込んだ勢力も米国の中にいる。その背景もフラットに見ないと、ロシアだけ100%悪いというのは公平ではない」と発言しており、これが「親ロシア的」と解釈される余地を残しています。
また、参政党は「ヴォストーク合同会社」という会社に広告費などの名目で4000万円ほど支出している。この会社を調べてみるとHPは無くこの数年で何度も住所が変更され、資本金も十万程度の典型的なペーパーカンパニーでした。という指摘に対する明確な説明も十分とは言えません。
第7章:認知戦時代の新たな脅威 – 私たちはどう対峙すべきか?
生成AIが変えた情報戦の地平
山本氏の分析で最も重要な指摘の一つは、技術的な変化についてです。かつては日本語という言語の壁が大きな障害となっていましたが、最新の生成AI技術による自動翻訳の進歩により、この壁は完全に克服されてしまいました。
つまり、これまで日本を守っていた「言語の壁」が消失し、私たちは初めて本格的な外国発の情報工作に直面している可能性があるのです。
分断こそが真の目的
重要なのは、ロシアの工作の真の目的が特定政党の支援ではないことです。山本氏は彼らの目的はあくまで「日本政治や社会が不安定化するよう、偽情報や印象操作で国民を怒らせる」ことですので、その発言者が参政党だろうが国民民主党だろうが日本保守党だろうがどこだろうと構わないのです。と指摘しています。
「あなたは日本人ですか」という罠
特に巧妙なのは、相手のペルソナ(人格)を疑う発言を繰り返すという特徴があります。例えば、石破茂総理を評価するアカウントに対して「あなたは日本人ですか」や「反日石破茂の支持者は外国人ファーストだ」などといった、見る側が驚くような短い文言をボットアカウントが投じてきます。という手法です。
これにより、自分の意見に対して「あなたは日本人ですか」と帰属意識を強く揺さぶられると心理的に動揺し、割と簡単に「やっぱり『日本人ファースト』であるべきだ」「日本政府は外国人を優遇している」と特に根拠なく思うようになってしまうのです。
終章:真実の探求と民主主義の防衛
今、私たちが直面している現実
この一連の騒動を通じて明らかになったのは、現代の民主主義が直面している新たな脅威の複雑さです。外国からの情報工作の可能性、それを利用する可能性のある政治勢力、そしてその疑惑を政治的に利用する可能性のある既存勢力——すべてが複雑に絡み合っています。
確実に言えることは、『認知戦』という、頭の中を巡るネットでの工作が、日本の民主主義を脅かす形で、私たちの目の前で繰り広げられております。ということです。
私たちにできること
この状況で最も重要なのは、感情的な反応に流されず、冷静に事実を検証する姿勢を保つことです。「怒り」を煽る情報こそが、工作の道具として最も効果的だからです。
また、情報の出所と確度を常に意識し、「SNSなどインターネット上の情報にはさまざまなものがあることに十分留意し、その情報のみをうのみにするのではなく、ほかの情報にも当たるなど正確性を的確に判断していただきたい」という青木官房副長官の呼びかけを実践することが重要です。
結論:疑惑の先にある本質
参政党とロシアの直接的な関係について、現時点で確たる証拠は存在しません。しかし、日本のSNS空間で何らかの情報工作が行われている可能性は否定できません。
重要なのは、この問題を単純な「親ロシア」「反ロシア」の図式で捉えるのではなく、現代の情報戦時代における民主主義の脆弱性として認識することです。
私たちが目撃しているのは、おそらく新しい時代の政治戦争の一端なのでしょう。そしてその戦場は、私たち一人ひとりの「頭の中」なのです。
【最後に】 この記事で取り上げた内容は、公開されている情報と専門家の分析に基づいています。疑惑の段階のものは推測として明確に区別し、確定的な事実とは分けて記述いたしました。読者の皆様には、この問題を考える材料として活用していただければと思います。民主主義を守るためには、私たち一人ひとりが賢明な情報の受け手になることが不可欠です。